2008年1月 7日 (月)

祝!おうちも親父も満80歳

 「長生きは してみるもんやなあ」

父は先日、満80歳 を迎え、かつての教え子たち(といっても悠々自適なお年頃)が祝いの宴を盛大に開いてくれた。

おうちの方は引き戸を直してもらってからこっち、特にトラブルもなく、父は毎日快適に過ごしている。

 「もしかしたらな」

うん。

 「わしが生きとるうちにな」

うんうん。

 「ひ孫の顔を 拝めるかもしれん」

うっひょ~っ!!

なんと めでたいことに、私の甥っ子=父の孫 の結婚が決まった。

 「わしの家系でひ孫の顔見るまで、長生きしたもんはおらんからなあ 新記録や」

気が早い。

 「でなあ、Kくんからなあ、おばちゃんも式に来てくれへんかな って電話あってな 一緒に行くか?」

もちろん。 

リフォームを実行した2005年、父77歳の時ならば、じゃあ各自で現地集合 なんてことも可能だったろうが、今は無理 というより心配。 なぜなら父はこの2年半で、歩くのがさらに遅くなり、耳がさらに遠く・・・体力面が確実に下降しているから。

 「そのへん行ったことないし、折角やから泊まって観光しようや。」

了解。

 「冥土のみやげになるしな。 わはは」

そのセリフ、何回も聞いたような。

一人旅は心配であるが、父の一人暮らしに不安は少ない。 それもこれもバリアフリーリフォームのおかげだと思う。 快適に、そして機嫌良くおうちで過ごせる日が一日でも長く続けばよい と心から願う。

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2007年12月13日 (木)

KURE551

 「こんにちは~ ご無沙汰しております。」

リフォーム工事の現場監督、O島さんがやってきた。

 「お忙しいのにすんません。 どうもね コレが重いんですわ・・」

父と二人で解決できなかった引き戸のトラブル。 困ったときはプロに頼め!ということでN本工務店に連絡。 O島さんの登場とあいなった。

 「コレ はずして みました?」

 「い~や~ ワシも娘もやってみたけど、取れんでねえ」

という父の言葉を最後まで聞くか聞かないか という早さで O島さんは引き戸を ひょいっとはずした。

 「やっぱり はずれるんや~」

私の言葉ににやりとしながら、取り外した引き戸を横向きに置き、懐中電灯で照らす。

 「あぁ ここに ホコリが溜まってますねえ」

引き戸のコロの部分のホコリを、工具で手際よく取ってくれた。

”ワシ、ちゃんと掃除しとる” という父の主張通り 床の溝はキレイなのだが、なんでコロの部分にこんなに? と思うほどのホコリである。 工事終了後2年3ヶ月分のホコリ・・・ キレイに掃除をしても入り込んでくるとは、かなわんヤツである。

O島さんは車に戻って、スプレーを取ってきた。

 「そっかぁ 滑りが悪くなったら、そういうの使ってもいいんですね。 KURE551 」

 「・・・・・・」

しまった! 間違えた。 誰かつっこんでぇや 

1秒が永遠にも感じる。 こうなったら自分で・・

 「あ、ちゃうわ。 5-56 や。 551 は、蓬莱の肉まんやん」

 「そやそや、 551は蓬莱や わはは」

父、大受け。 一人ボケつっこみ、なんとかセーフ!?

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2007年12月 6日 (木)

鬼門じゃないけど引き戸が

 「はろ~っ!」

いつものように大きめの声を出し、玄関から寝室、そしてリビングへと向かう。

 「やっほ~! いる~?」

父に自分の存在をアピールしながら寝室とリビングの間の引き戸を開け、閉めようとした時、

 「あれ?」

私は抵抗を感じた。

リフォーム終了当時は力加減がわからず、 バーン と閉めて、その反動で開くくらい軽かった引き戸が、意識して力をこめないと 閉まらない。

 「ねえねえ これ 前から こんなんやったっけ?」

 「いや~ちょっとなあ 力がいるんや最近」

父も同じように感じていたらしい。

 「ホコリかなんか、溝に溜まってるんとちゃう?」

 「ちゃんと掃除しとるから それはないで」

懐中電灯で床の溝を照らしてみたが、ホコリらしいホコリは見えない。 続いて上の方を調べてみた。 するとなにやら”つまみ”が付いている。

 「あ、これで調整できるみたいよ」

扉が閉まるスピード調整ができるつまみをスライドさせて、ブレーキの効きを緩めてみた。 しかし、閉まりにくいのは改善されない。

 「む~ん。 あとはコレ取って 底の部分を見てみないと・・」

と引き戸を持ち上げではずそうとやってみたが、はずれない。

 「あかん あかん ワシかてやってみたけど、ソレはずれんのや」

万事休す である。

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2007年11月27日 (火)

鬼門のトイレ

兄は大学を出ると同時に転勤族となり、第四期リフォーム当時おうち住んでいたのは、父と母の私の3人。 3人家族なのにキッチン・洗面・トイレをもう1セット作るなんて、なんとも贅沢な話である。  

その第四期リフォームで2階を増築したとき、どういう間取りにするか主導権を握っていたのは 実は母だった と後で父から聞いた。 

  ”将来は 二世帯でも 気兼ねなく 住めるように”

母は自分が嫁に来たときにした苦労を、息子のお嫁さんにはしてもらいたくない と考えていたらしい。 それがキッチン・洗面・トイレをもう1セットプラン に表れたのだろう。 この母の改築プランは、兄が家族と帰省するたび おおいに役に立つことになる。 残念なことに、同居の苦労がどの程度軽減されるかを確かめぬまま、母はあの世へ旅立った。 

ともあれ、2階にもうひとつトイレがあったということで、リフォームした1階のトイレの水が流れなくても そう緊急に困ることはなかった。 まあ、トイレの度に2階へ上がったり下りたりするのが少々面倒 という程度だ。

しかし、このまま放置 というわけにはいかない。 父と取扱説明書を読んでみたが対処法は見つからずプロに修理を頼むことに。 修理が来るまでの間に再度取扱説明書を読んて見つけたのが 「保証期間 2年」という文言。 ん・・もしかしてギリギリセーフ? 不幸中の幸い というやつか。

みてもらうと・・ どうも、タンク内側の部品がなにか はずれていたらしい。 

 「年寄りひとり暮らしやし そんなに使わんのに、なんで故障するんかなあ」

確かに。 やはり、方向が悪いからか? 便器は鬼門の線からかろうじてはずせたが、トイレの個室自体は 鬼門の線にかかっている。

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2007年11月19日 (月)

トイレのトラブル 2

平成17年にバリアフリーリフォームしたおうちのトイレは、車椅子でも利用できるようにスペースをとり、後で手すりが取り付けられるよう考慮して設計されている。

平成19年の春のことだ。 私が父の顔を見におうちに行ってトイレに入り・・

 「あれ?」

壁に取り付けたリモコンの ”流す” ボタンを押した瞬間 何か違和感を感じた。

 「なに コレ?」

とりあえずは流れてくれたが、念のためもう一度 ”流す” ボタンを押してみた。

通常、リモコンの ”流す” ボタンを押すと、タンク横のレバーが連動し 手を触れなくても レバーが動いて水が出る といった連係プレーが地道に繰り広げられている。 しかし今日は、リモコンのボタンを押しても なにやら反応がにぶいのだ。 

 「あれれ?」

何度かトライしているうち、とうとうレバーが動かなくなってしまった。

 「リモコンがおかしいんかなあ? まあ レバーを直接動かせば 水出るか」

レバーをくいっと引いてみたが、うんともすんとも言わない。 というより、レバーを動かす時の重さというか力というか 手応え が感じられない。

 「ええ~ なんで?」

水洗トイレの水が出ない。 とってもとっても困るのである。  

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2007年11月12日 (月)

鬼門の駐車場

さて、車のない生活を始めた父だが、近所の人からこういわれたらしい。

 「あそこは鬼門やから、車 手放して 正解でっせ。」

指摘したご近所さんがどれだけ家相学に詳しいのかは謎なのだが、いわれてみればそうかもしれない。 駐車場は敷地の東北の角にある。 おうちをリフォームするときには、鬼門はどっちだのとあれこれ家の中の間取りは考えたけれど、その時に読んだ家相の本に、駐車場の場所は云々・・とは書かれていなかったので、考えたこともなかった。 

まあ、現実問題として 「駐車場が鬼門にあたるから、動かしたほうがいいよ」 と家相学の権威に言われたとしても、敷地に余裕がなく どうしようもなかっただろう。

しかしド鬼門に車を置いてン十年。 これまで何か悪いことがあっただろうか?

1:交通違反 スピード違反で2回ほど捕まったっけ。 小学生時代、九州の母の実家に帰る途中の田舎の直線道路と、大学生時代、新たにひらけた新興住宅地のスーパーを見にいった帰りの広くて快適なバイパス道路。 何故かどちらも居合わせて、今でもはっきりと覚えている。

2:盗難&いたずら 不思議と盗難やいたずらにあったことはない。 車庫といっても第四期の大規模リフォームで、それまで家と一体になっていた車庫の中に置いていた車を、外に置くようになっていた。 駅に通じる 交通量の結構多い歩道のない道路の横に、むき出しで停めておいた車だが、イタズラや盗難は全くない。

いろいろ思い返してみても、車に関して呪われたような事件もなかったし、もちろん無事故。 やはり駐車場鬼門説はご近所さんの思いこみなのか。

鬼門のトラブルといえば、家の中なら起こっている。 そう、トイレのトラブルだ。 実はあのゴボゴボ事件の後にも、事件が起こっていたのである。

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2007年11月 5日 (月)

車のない生活

 「ちょっと出かけよか と思って つい 車のキーを探すんや。 ほんで あっ そや! 車なかったんや って」

一人ボケつっこみとは、さすが大阪人である。

 「車がないと やっぱり 不便やわ~」

10分おきに電車が来る最寄り駅まで 徒歩5分のところにおうちはある。

 「でな、このまえ○○○電化のDMがきとったやろ? わし自転車で行ってきたでぇ」

電車の駅3つ分の距離を、自転車で行って 帰ってきたらしい。

 「歩道をずーっと走ってな、そんなに人もいてへんかったから、走りやすかったわ。」

私でさえ躊躇する距離なのだが、・・・元気でなにより。

 「それでな、もろてきたんが コレや」

先着○○名さまに進呈の、LED懐中電灯を箱から出して

 「どや ええやろ」

自慢げに語る父。

2007年9月30日、父はついに車を手放した。

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2007年10月29日 (月)

老いては子に従え

最後まで抵抗していた父も、私の執拗な 

  • 新聞みてみ~ (高齢者ドライバーの事故特集) 
  • いま○チャンでやってるからみてみ~ (高齢者ドライバーの事故特集)
  • じーちゃんの車には もう絶対乗らへんし

攻撃に観念したのか、

 「わし 今度の車検の前に、車 処分するわ」

よっしゃ~!! 私は心の中で叫んだ。

 「で、車検っていつ?」

 「10月や」

 「ほなあと 二ヶ月ほどってこと? そんな先にせんでも、すぐに処分したらどう?」

 「いやいや・・」

これ以上追いつめるのはやめておこう。 処分を決意しただけでも私的にはヤッター!なのだ。

 「でも、注意してや~。 その2ヶ月の間に事故ったら、全部 パーやで」

 「はーい 気をつけま~す」

数日後父は私にこう言った。

 「『老いては子に従え』っていうやろ。 わしもそろそろ そうしようかな とおもたんや。」

満80才を目前にして、やっと’老い’を認めた父。 検査入院騒動が効いたのかもしれない。 運転をやめるための白い影 だとしたら、入院騒動も 必然 だったということか。

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2007年10月22日 (月)

もみじマーク

 「ねえねえ、これ貼ってる?」

 「うんにゃ~」 

 「え~! なんで? 貼ったら 周りが 気をつけてくれるやんか」

 「・・・」

私が運転免許の更新に警察へ行ったときに買った”もみじマーク”を、車に付けている気配が 全くないのだ。 『濡れ落ち葉』を連想させる等々 お世辞にもあまり評判がいいとは言えないもみじマークだが、この車は年寄りが運転してるで~ と世間に知らしめる方法は、いまのところコレしかない。

塾をしめた現在、下手をすると 父は一日誰とも喋らない なんてことも珍しくないので

 「運動がてら、老人クラブとか 行ってみたら?」

と勧めても、

 「いやじゃ~ あんな年寄りばっかり いるとこ」

都合が悪くなると、自分の歳を忘れるらしい。

もみじマークを断固拒否するのも、自分を年寄りだと認めたくないからなのだろうが、それでは困る。 なんとかペッタンしてもらわねば。

 「この前渡したやろ? どこにしまってんの? 盗られてもいいから 今つけるわ」

 「わかったわかった これから運転するときは、ちゃんとつけますって。」

むむ~。 どうも真実味に欠ける発言。 しかしこれ以上追求しても のらりくらり とかわされるだけ。 事故りませんように と仏壇に手を合わせるたび お願いするしかない。

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2007年10月12日 (金)

高齢者ドライバー

 「ねえねえ 新聞 見た?」

 「なんや」

 「ほら、高齢者が事故ったってやつ」

 「ああ あれな」

 「そろそろ 運転 やめたら?」

 「いや ワシはまだ 大丈夫や」

こういうやりとりを何回重ねただろうか。 

事故を起こした高齢者には、認知症など病気を患っている方だけでなく、 何十年も無事故で、健康そのものの”ベテランドライバー”が大勢含まれているのだ。

運転をやめてしまうと通院や買い物もままならないという田舎ではなく、父は最寄りの駅まで徒歩5分という交通の便の良いところに住んでいる。 車で行っていた大型スーパーに行けなくなるなど行動範囲が狭くなってしまうという というのは事実だが

 「車やめたら、車検とかガソリン代とか維持費が浮くから、タクシー代くらいでるで」

と言っても、聞く耳をもたない父。 

しかし、最近の”耳の遠さ”を考えると、イメージするだけでも怖いのだ。 もし、車の後ろで子どもが遊んでいたら・・・ 耳が遠くなかったら聞こえているだろう子どもの声が届かなかったら etc.. 

 「お 雨降ってきたから 家まで送ったろか」

と おうち(実家)に子どもと遊びに行ったときに言われても

 「いや かまへんで。 じーちゃんの車には、もう絶対 乗らへんし」

本当は傘をさして歩いて帰りたくはなかったが、ここで頼ったが最後 車を手放さなくなる と私は心を鬼にした。 

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