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2007年10月29日 (月)

老いては子に従え

最後まで抵抗していた父も、私の執拗な 

  • 新聞みてみ~ (高齢者ドライバーの事故特集) 
  • いま○チャンでやってるからみてみ~ (高齢者ドライバーの事故特集)
  • じーちゃんの車には もう絶対乗らへんし

攻撃に観念したのか、

 「わし 今度の車検の前に、車 処分するわ」

よっしゃ~!! 私は心の中で叫んだ。

 「で、車検っていつ?」

 「10月や」

 「ほなあと 二ヶ月ほどってこと? そんな先にせんでも、すぐに処分したらどう?」

 「いやいや・・」

これ以上追いつめるのはやめておこう。 処分を決意しただけでも私的にはヤッター!なのだ。

 「でも、注意してや~。 その2ヶ月の間に事故ったら、全部 パーやで」

 「はーい 気をつけま~す」

数日後父は私にこう言った。

 「『老いては子に従え』っていうやろ。 わしもそろそろ そうしようかな とおもたんや。」

満80才を目前にして、やっと’老い’を認めた父。 検査入院騒動が効いたのかもしれない。 運転をやめるための白い影 だとしたら、入院騒動も 必然 だったということか。

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2007年10月22日 (月)

もみじマーク

 「ねえねえ、これ貼ってる?」

 「うんにゃ~」 

 「え~! なんで? 貼ったら 周りが 気をつけてくれるやんか」

 「・・・」

私が運転免許の更新に警察へ行ったときに買った”もみじマーク”を、車に付けている気配が 全くないのだ。 『濡れ落ち葉』を連想させる等々 お世辞にもあまり評判がいいとは言えないもみじマークだが、この車は年寄りが運転してるで~ と世間に知らしめる方法は、いまのところコレしかない。

塾をしめた現在、下手をすると 父は一日誰とも喋らない なんてことも珍しくないので

 「運動がてら、老人クラブとか 行ってみたら?」

と勧めても、

 「いやじゃ~ あんな年寄りばっかり いるとこ」

都合が悪くなると、自分の歳を忘れるらしい。

もみじマークを断固拒否するのも、自分を年寄りだと認めたくないからなのだろうが、それでは困る。 なんとかペッタンしてもらわねば。

 「この前渡したやろ? どこにしまってんの? 盗られてもいいから 今つけるわ」

 「わかったわかった これから運転するときは、ちゃんとつけますって。」

むむ~。 どうも真実味に欠ける発言。 しかしこれ以上追求しても のらりくらり とかわされるだけ。 事故りませんように と仏壇に手を合わせるたび お願いするしかない。

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2007年10月12日 (金)

高齢者ドライバー

 「ねえねえ 新聞 見た?」

 「なんや」

 「ほら、高齢者が事故ったってやつ」

 「ああ あれな」

 「そろそろ 運転 やめたら?」

 「いや ワシはまだ 大丈夫や」

こういうやりとりを何回重ねただろうか。 

事故を起こした高齢者には、認知症など病気を患っている方だけでなく、 何十年も無事故で、健康そのものの”ベテランドライバー”が大勢含まれているのだ。

運転をやめてしまうと通院や買い物もままならないという田舎ではなく、父は最寄りの駅まで徒歩5分という交通の便の良いところに住んでいる。 車で行っていた大型スーパーに行けなくなるなど行動範囲が狭くなってしまうという というのは事実だが

 「車やめたら、車検とかガソリン代とか維持費が浮くから、タクシー代くらいでるで」

と言っても、聞く耳をもたない父。 

しかし、最近の”耳の遠さ”を考えると、イメージするだけでも怖いのだ。 もし、車の後ろで子どもが遊んでいたら・・・ 耳が遠くなかったら聞こえているだろう子どもの声が届かなかったら etc.. 

 「お 雨降ってきたから 家まで送ったろか」

と おうち(実家)に子どもと遊びに行ったときに言われても

 「いや かまへんで。 じーちゃんの車には、もう絶対 乗らへんし」

本当は傘をさして歩いて帰りたくはなかったが、ここで頼ったが最後 車を手放さなくなる と私は心を鬼にした。 

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2007年10月 4日 (木)

補聴器

 「ちょっとリモコン貸して」

といってTVの音量を上げると、

 「これ以上大きくしたらワシ 音が割れて 聞こえにくいねん」

また、ファミレスで食事をした後に

 「周りでたくさんの人が喋ってるとなあ、音が ぅわん ぅわん 響いて、 お前の声が 聞こえんのや」

補聴器をつけたからといって、クリアな音が聞こえるかというと そうでもないらしい。 体は丈夫な父だが、「聞こえ」の問題ばかりは どうしようもないみたいだ。

いわゆる「老人性難聴」は、加齢による生理的変化と考えられ、治療対象にはならず、自力でなんとかしなくてはならない。

父は取扱のある眼鏡屋に行ったり、百貨店に行ったり、通信販売を利用したり とあれこれ自分にあう補聴器を求めていろいろアクションを起こしてはいるのだが、耳が遠い=聞こえにくい程度は 歳とともに進んでいる。

ある日ファミレスに行った後、

 「今日も、聞こえにくかったやろ?」

と父に聞いてみると

 「うんにゃ~ 今日は大丈夫」

 「え なんで!?」

 「へへ 今日はな、 両方に耳栓しとるんや」

    注 : ”耳栓”は、父の隠語で =「補聴器」 のこと。 

父は外出時に、ポケット型の補聴器をつけているのだが、 (ポケット型というのは、『胸のポケットにラジオをいれてイヤホンで音楽でも聴いているようにみえる補聴器』 のことで、ポケットがなければ首からぶらさげることも可能なタイプ)  その日はポケット型プラス、耳穴式(これこそ耳栓そのものタイプ)を着用していたのだ。 

 「こうやったらな、あんまり 響かへんねん」

<必要は発明の母> というが、父も父なりに 工夫をしている。 

だがしかし、補聴器の力を借りていても 耳が遠い=怖い と感じることがあるのだ。

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